SSBJ基準に基づくサステナビリティ開示では、Scope1・2に加えてScope3の開示が求められます。中でもScope3はサプライチェーン全体に関わるため、データの取得や算定が難しく、「どこまで開示すべきか分からない」と感じている企業も多いのではないでしょうか。
2026年の制度整備および基準改正により、Scope3に関する考え方は整理が進みました。特に重要なのは、実測値の正確性そのものではなく、算定の前提や方法を含めて説明可能な形で開示することが求められる点です。
一方で実務では、
といった判断に悩む場面が少なくありません。
本記事では、Scope3開示において問われているのは「算定の精度」ではなく「説明可能性」であるという視点から、SSBJ対応の実務を整理します。
※Scope3の全体像については、こちらの記事で説明しています。
→ Scope3とは?算定対象・15カテゴリをわかりやすく解説
SSBJ基準に基づくサステナビリティ開示は、従来の任意開示とは異なり、有価証券報告書における開示として位置づけられることが想定されています。これにより、サステナビリティ情報は財務情報と同様に、投資判断に影響を与える前提での開示が求められるようになります。その中で、特に論点となるのがScope3です。
Scope3はサプライチェーン全体を対象とするため、単にデータが集めにくいという問題がありますが、それだけにとどまりません。実務上は、算定の前提そのものが揃わないことが難しさの本質です。
例えば、
といった状況が発生します。
この結果、Scope3では「どのデータを用いるか」「どこまで精緻化するか」といった前提条件に複数の選択肢が存在し、企業ごとにその選択が異なり得ます。
SSBJ基準では、このScope3を前提とした開示の考え方が整理されました。重要なのは、Scope3については完全な実測や精緻なデータを前提とするのではなく、推計や仮定を含めた開示が現実的に想定されている点です。
その結果、SSBJ開示において問われるのは「どれだけ正確に測定できたか」ではなく、「どのように算定し、その前提をどこまで説明できるか」へと重心が移っています。
※SSBJ基準の全体像については、こちらの記事で解説しています。
→ SSBJ(サステナビリティ開示基準)とは?制度の全体像と企業対応を体系整理
先に述べたようにScope3の算定が難しい理由は、単にデータ量が多いことではなく、算定の前提条件が揃わないことにあります。
この「前提の不統一」は、主に以下の3つに整理できます。
Scope3はサプライチェーン全体を対象とするため、排出量データは取引先に依存します。しかし実務では、
といった状況が一般的です。
このため、データの取得可否・精度・種類(一次/推計)が揃わない状態で算定が行われることになります。
Scope3では、同じカテゴリであっても複数の算定方法が存在します。
例えば、
など、複数のアプローチがあり、どの方法を採用するかは、制度の考え方を踏まえつつ企業の実務判断に委ねられます。
その結果、同じカテゴリでも企業ごとに算定方法が異なり得る状態となっています。
Scope3では、どの範囲までを算定の対象とするかについても論点となります。
SSBJ基準では、Scope3排出量は原則として開示対象とされており、また重要性(マテリアリティ)に基づいて開示内容を決定する考え方が明示されています。さらに、一部を除外する場合には、その理由や前提の説明が求められます。
このように、開示範囲に関する基本的な考え方は制度として整理されています。
一方で実務では、
といった点で、制度の原則を前提としつつ具体的な適用の中で判断が必要となります。
そのため、原則は共通である一方で、その適用の仕方において企業ごとの差が生じ得る構造となります。
このように、Scope3では、データ、方法、範囲のいずれにおいても前提が揃わないため、「どの前提で算定するか」という判断そのものが論点となります。
これは単なる算定の問題ではなく、開示の考え方そのものが問われる領域であることを意味します。
表.Scope1・2とScope3の重要論点
| 項目 | Scope1・2 | Scope3 |
|---|---|---|
| 活動量データ | 自社中心 | 自社+外部、シナリオ |
| 排出係数 | 比較的安定 | ばらつき大 |
| 前提の幅 | 小さい | 大きい |
| 不確実性 | 低い | 高い |
| 重要論点 | 測定精度 | 説明可能性 |
※SSBJ基準に対する企業の対応については、こちらの記事で解説しています。
→ SSBJとは? 2025年公表予定のサステナビリティ情報開示基準と企業への影響
本記事でいう「推計」とは、一部のデータから全体を見積もるなど、不確実性を含む算定を指します。
Scope3の開示を検討する中で、多くの企業がまず直面するのが、「このような見積もりを含む算定で開示してよいのか」という疑問です。
実務では、
といった対応をせざるを得ない場面が少なくありません。
では、このような不確実性を含む算定は認められるのでしょうか。結論から言えば、SSBJ基準では、Scope3について、こうした見積もりや不確実性を含む算定を前提とした開示が現実的に想定されています。
Scope3はサプライチェーン全体を対象とするため、多くの企業ではまず、購買金額や調達数量、輸送実績など、自社内にある活動量データを起点に算定を行います。
一方で、それらの活動量データから排出量を算定する過程では、
といった判断が必要になります。
このように、Scope3では活動量データ自体は存在していても、排出量へ変換する過程で複数の前提や仮定が入りやすいため、不確実性が大きくなりやすいという特徴があります。
Scope3では、不確実性を含む算定そのものは前提として認められています。
ただし、これは「概算でも問題ない」、「精度は問われない」という意味ではありません。
SSBJ開示で求められているのは、**「その時点で合理的に利用可能な情報に基づいていること」、「算定の前提や不確実性を説明できること」**です。
つまり重要なのは、数値そのものの精度だけではなく、「どのように算定し、どこに不確実性があるのかを説明できること」です。
具体的には、
といった点を整理して説明することが求められます。
※SSBJ基準の全体像については、こちらの記事で解説しています。
→ SSBJ(サステナビリティ開示基準)とは?制度の全体像と企業対応を体系整理
前章で見たように、Scope3では、不確実性を含む算定が前提とされており、重要なのは「精度」ではなく「説明可能性」でした。では、その前提に立った時、実務では何をどこまで開示すべきでしょうか。
ここでは、「説明可能性」を担保する3つの要素を整理します。
Scope3では、同じ活動量データであっても、
によって結果が変わり得ます。
そのため、単に数値を示すだけでなく、「どの前提で算定したのか」を開示することが前提となります(実務上は不可欠です)。
Scope3では、算定結果に不確実性が含まれることは避けられません。
例えば、
といった点が該当します。
重要なのは、それらを排除することではなく、どこに不確実性があるのかを開示することが重要です。
最後に重要なのは、開示内容が一貫しており、継続的に説明可能な状態になっていることです。
といった点は、投資家や監査の観点でも重要になります。
情報を開示する際、「なぜこの開示内容になっているのか」を一貫して説明できる状態が求められます。
Scope3における開示は、
という観点で整理できます。
重要なのは、数値の精度そのものではなく、「その数値をどこまで開示し、説明できるか」です。
Scope3開示は、単に算定結果を示すものではなく、前提や不確実性の整理から始まり、最終的に何をどのように開示するかを設計するプロセスとして捉える必要があります。
実際の企業開示においても、Scope3を含むサステナビリティ情報は、必ずしもすべてが網羅的に開示されているわけではありません。
例えば、キリンホールディングスの開示では、サステナビリティ開示基準に基づき作成しつつ、Scope3排出量については「未開示(今後開示予定)」と明記する形をとっています。
また、総合商社などの開示では、Scope3を含むサプライチェーン全体の排出量について、
といった数値の背景にある考え方や判断プロセスがあわせて示されています。
さらに、金融庁が公表する「記述情報の開示の好事例集」においても、
といった情報を数値情報に加え、意思決定に資する開示の重要性が示されています。
これらに共通しているのは、「完全な情報をそろえること」よりも、「現時点で説明可能な範囲を明確にして開示すること」を重視している点です。
※SSBJ基準による情報開示については、こちらの記事で解説しています。
→ サステナビリティ開示はなぜ企業価値を高めるのか? CSRD・SSBJ時代に求められる非財務情報開示の本質
不確実性を含む算定が前提とされるScope 3の開示で、重要なのは「精度」ではなく「説明可能性」であり、算定の前提や不確実性の開示がポイントであることを見てきました。
その上で、多くの企業が不安に感じるのが、「とはいえ、不確実性を含む内容を開示して本当に問題ないのか」という点です。
特に、推計や仮定を含む算定については、「誤りとみなされるのではないか」「虚偽記載に該当するのではないか」といった懸念が生じやすい領域です。
金融庁の制度整備資料等においても、不確実性を含む情報については、合理的な前提やプロセスに基づいて作成されているかが重要とされており、こうした考え方に基づく整理が進められています。
ここでいうセーフハーバーとは、一定の前提のもとで作成された情報については、結果の不確実性のみをもって直ちに責任が問われるわけではないとする考え方を指します。
今回の制度整備では、この考え方が示されており、ポイントは、結果の正確性そのものではなく、算定・開示のプロセスが重視されるという点です。
不確実性を含む算定であっても、それだけで虚偽記載に該当するわけではありません。
重要なのは、
といった点です。
合理的なプロセスに基づいて作成された情報であれば、一定の保護が考慮されるという考え方が示されています。
この考え方を踏まえると、実務上のポイントは、3章や4章でふれたように「正確かどうか」ではなく「説明できるかどうか」です。
具体的には、
といった点が重要になります。
Scope3においては、不確実性を含む算定そのものが虚偽記載として問題となるわけではありません。問題となるのは、「説明できない状態で開示していること」です。
このため、企業に求められるのは、精度の追求そのものではなく、合理的なプロセスに基づいた説明可能性の確保といえます。
※SSBJ基準に対する企業の対応については、こちらの記事で解説しています。
→ SSBJ改正で実務はどう変わる?Scope3・海外拠点・算定ルール見直しのポイント(2026年3月)
Scope3は、サプライチェーン全体を対象とするため、算定に不確実性が含まれることが前提となる領域です。
しかし重要なのは、不確実性があるかどうかではなく、それを前提としてどのように開示するかです。
本記事で整理したポイントは以下の通りです。
Scope3開示においては、「どこまで正確に算定できるか」に目が向きがちです。
しかし実務上問われているのは、「どのような前提で算定し、それをどこまで説明できるか」です。
言い換えれば、Scope3は測定(算定)の問題ではなく、開示の問題です。
Scope3関連記事は、以下の順で読むと理解が深まります。
Why編 → What編 → 課題編 → 経営・開示編 → 設計編 → 実務編
Scope3は原則として開示対象とされますが、実務上はすべてのカテゴリについて完全なデータを揃えることが難しいケースもあります。
そのため重要なのは、どの範囲をどの前提で算定・開示しているかを明確にすることです。
一部が未開示の場合でも、その理由や今後の対応方針を示すことで、開示として成立します。
はい、問題ありません。Scope3は不確実性を含む算定が前提となる領域であり、それ自体が直ちに問題となるわけではありません。
重要なのは、どのような前提や方法で算定し、どこに不確実性があるのかを説明できることです。
推計や概算を用いていること自体が、直ちに虚偽記載とみなされるわけではありません。
ただし、
といった点が重要になります。
説明できない前提や不整合がある場合はリスクとなる可能性があります。
Scope1・2・3はいずれも活動量データに基づいて算定されますが、違いは不確実性の大きさにあります。
Scope1・2は自社データをもとに比較的安定した算定が可能である一方、
Scope3はサプライチェーン全体を対象とするため、
などにより、前提の幅が大きくなります。
SSBJ対応では、単に算定精度を高めることよりも、説明可能なデータ基盤を整備することが重要です。
具体的には、
を整理し、社内で一貫して説明できる状態を作ることが出発点となります。
一律の基準はありませんが、以下の観点で整理することが重要です。
「数値の網羅性」ではなく「説明可能性」で判断される領域といえます。
金融庁|サステナビリティ開示制度整備
https://www.fsa.go.jp/news/r7/shouken/20260220/20260220.html
金融庁|記述情報の開示の好事例集
https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20251225.html
SSBJ|基準本文
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2026-0313.html
IFRS|ISSB(IFRS S1 / S2)
IFRS - IFRS Sustainability Standards Navigator
IFRS|Scope3測定に関するガイダンス
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2022/12/issb-announces-guidance-and-reliefs-to-support-scope-3-ghg-emiss
キリンホールディングス|有価証券報告書(2025年度)
https://pdf.irpocket.com/C2503/nX8G/xy8Z/n9AT.pdf https://pdf.irpocket.com/C2503/LseR/yrC0/ZKms.pdf